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東名高速港北SAを5時に出発し、大泉から外環道を経て東北道へ。途中10:30菅生PAにて、桜があちこちで満開でした。
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前沢SAにて昼食、ここも桜が満開。
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北上JCTから秋田道゜へ、途中の内山PA、除雪した雪がまだ残っていました。
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角館は桜の名所として知られ、武家地のシダレザクラが「角館のシダレザクラ」として国の天然記念物に指定されています。
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武家屋敷通りはかつての侍町である角館の内町をつらぬく南北方向の通りである。
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檜木内川左岸堤防の桜並木は「檜木内川堤(サクラ)」として国の名勝に指定されて、「桧木内川堤・武家屋敷」として日本さくら名所100選にも選ばれています。
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田沢湖は日本一の深さ、四季折々の美しさを見せてくれます。 田沢湖のシンボル、黄金のたつこ像(船越保武作)。たつこ伝説は、永遠の美を望んで竜に変化してしまった少女の、悲しいお話です。 |
最大深度は423.4mで日本第一位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖。(世界で最も深い湖はバイカル湖)。湖面標高は249mで最深部の湖底は海面下174.4m。深さゆえに、真冬でも湖面が凍り付くことはないそうです。 |
1日目の宿「田沢湖高原温泉ホテル」乳白色の天然温泉。ここの奥に乳頭温泉があり連休で満杯でした。 |
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玉川温泉近くのダム、除雪した雪が3mほどたまっていました。今年は例年にない豪雪で、やっと4/20に開通したばかりで、まだまだたくさん雪が残っていました。 |
R341、鹿角八幡平へ抜けるルート、ブナの原生林に囲まれた山岳ルート。道にはまだ雪が沢山あり、所々に水芭蕉やフキノトウが群生していました。 |
八幡平を抜けるアスピーテラインと合流した峠、両側に雪の壁。 |
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雪のR341から東北道を経て、弘前城へ。真ん前の弘前城記念館の駐車場。遠くには岩木山が見えます。チョットこの写真ではわかりません。 |
ちょうど満開を迎えた時期で、人もいっぱいでした。バックは弘前城の天守閣。初代弘前藩主、大浦為信が築城、2代信枚が鷹岡城(現弘前城)ほぼ完成、後落雷により天守を焼失下が、9代藩主津軽寧親が現在見られる3層3階の御三階櫓(天守)を建てた。 |
津軽岩木スカイラインを経て、岩木山8合目1,247mに。バックに日本海と津軽平野を一望。 |
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岩木山を後に、桜並木を快走。 |
R102十和田湖の北側を走る峠道、ここも雪が両側に残っていて、高いところでは2mぐらいの壁でした。 |
無事峠を降りて、新緑の奥入瀬渓谷、所々に雪が残って、秋の紅葉もいいですが、早春の新緑と残雪の奥入瀬もなかなかでした。。 |
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3年前にも宿泊した、「十和田湖温泉ホテル」当日連絡して予約取れました。前回もお世話になり、好印象のホテルで是非また泊まりたかったのが実現できました。 |
翌朝、奥入瀬の雲井の滝にて、この日も晴天に恵まれ気持ちよい走行です。 |
一路八戸に向け、奥入瀬渓谷沿いを走行。 |
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R102、十和田市を経て八戸へ53km。 |
途中の道の駅「奥入瀬」、遠くには八甲田山の雪景色、北八甲田山、南八甲田山の雄大な山々。 |
八戸に出て、R45をひたすら南下、途中震災以降再開した三陸鉄道。 |
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切り立った岩が高山を連想させ「海のアルプス」とも呼ばれる岩手県田野畑村の「北山崎」。高さ200メートルの断崖絶壁と奇岩群が荒々しくも美しい隆起海岸。東日本大震災で通行止めになった箇所もありましたが、迂回路が確保してありました。 |
宮古に入る途中の田老地区、復興が始まっていると報道されていますが、ガレキが片付けられただけで、まだまだです。同じ日本人として、気持ちが滅入ってしまいます。 |
宮古から内陸に入り北上へ向かうR340。途中狭い所もありましたが、山間を抜ける快走路です。 |
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角館・弘前城と続き、みちのく桜の三大名所「北上の展勝地」。 |
最終日は朝からポツポツと雨模様、「平泉 - 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の一つとして世界文化遺産に登録された「中尊寺」。本尊は阿弥陀如来。寺伝では円仁 (慈覚大師) の開山。奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名であり、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂 (こんじきどう) を始め、多くの文化財があります。 |
毛越寺(もうつうじ)も、世界文化遺産に登録。近年になって復興された岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院。開山は慈覚大師円仁。現在の本尊は薬師如来。中尊寺と同年に円仁が創建。その後、大火で焼失して荒廃したが、奥州藤原氏第2代藤原基衡夫妻、および、子の第3代藤原秀衡が壮大な伽藍を建立 |